判例集

判例集

  • 自動車損害賠償保障法15条所定の保険金の支払を請求する訴訟において,裁判所は,同法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく保険金の額を算定して支払を命じることができる

H24.10.11 最高(一小)判 事件番号 平23(受)289

  • 判決
    • 平成23年(受)第289号 自賠責保険金請求事件
      平成24年10月11日 第一小法廷判決

      主 文

      1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
      2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
      3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

      理 由
      上告代理人井野直幸の上告受理申立て理由について

      1 本件は,被上告人が,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険者である上告人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)15条所定の保険金の支払を求める事案である。

      上記保険金の支払を請求する訴訟において,裁判所が法16条の3第1項に規定する支払基準によることなく保険金の額を算定して支払を命じることができるか否かが争点となっている。

      2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

      (1) 平成15年9月18日午前2時10分頃,Aが運転する軽四輪貨物自動車が中央線を越えて対向車線に進行し,Bが所有しCが運転する普通貨物自動車と正面衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。Aは,同日,本件事故により死亡した。

      (2) 本件事故当時,上記普通貨物自動車につき,上告人を保険者とする自賠責保険契約及び被上告人を保険者とする自動車共済契約(任意保険)が締結されていた。

      (3) 自賠責保険の保険金額は,死亡による損害(死亡に至るまでの傷害による損害を除く。)につき,一人3000万円とされている(法13条1項,自動車損害賠償保障法施行令2条1項1号イ)。また,自賠責保険の保険者は,保険金等を支払うときは,国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならないとされているところ(法16条の3第1項),上記支払基準によれば,死亡に係る支払にあっては,被害者に重大な過失がある場合,次のとおり,被害者の過失割合に応じて,保険金額(ただし,積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額)から減額を行うものとされている。

      7割未満 減額なし
      7割以上8割未満 2割減額
      8割以上9割未満 3割減額
      9割以上10割未満 5割減額

      (4) 上告人は,平成17年3月,Aの相続人らに対し,前記(2)の自賠責保険契約に基づき,1500万円の損害賠償額を支払った。

      (5) Aの相続人らは,平成18年7月,徳島地方裁判所阿南支部に対し,C及びB(以下,併せて「Cら」という。)を被告として,本件事故によるAの損害賠償金の支払を求める訴訟を提起した。平成20年1月29日,上記訴訟において,Aの相続人らとCらとの間で,要旨次のとおり訴訟上の和解が成立した。

      ア 本件事故によるAの損害が合計7500万円(逸失利益5400万円,慰謝料2000万円,葬儀費用100万円)であることを確認する。

      イ 本件事故の過失割合につき,Aが6割,Cが4割であることを確認する。

      ウ Cらは,Aの相続人らに対し,上記アの損害額から過失相殺による減額及び既払額(前記(4)の1500万円)の控除をした残額1500万円を連帯して支払う。

      (6) 被上告人は,平成20年2月15日,前記(2)の共済契約に基づき,Aの相続人らに対し,上記和解によってCらが支払うべきものとされた1500万円を支払った。

      (7) 被上告人は,平成20年3月28日,上告人に対し,前記(5)イの過失割合を前提に,法15条所定の保険金として1500万円を支払うよう請求したが,上告人は,Aには重大な過失があり,保険金額3000万円から5割の減額を行うのが相当であるから,上告人はこれ以上保険金を支払う義務を負わないとして,支払を拒絶した。

      3 原審は,以上の事実関係等の下において,Aの損害額を7500万円,Aの過失割合を8割とした上で,次のとおり判断して,被上告人の請求を600万円の限度で認容した。

      支払基準によれば,被害者の過失割合が8割の場合には,保険金額から3割の減額をすべきものとされているから,上告人は保険金額3000万円から3割減額した金額である2100万円を支払うべきであったところ,上告人が実際に支払ったのは1500万円であるから,上告人は,被上告人に対して,その差額600万円を支払うべきである。

      4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

      法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである(最高裁平成17年(受)第1628号同18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号1242頁)。

      そして,法15条所定の保険金の支払を請求する訴訟においても,上記の理は異なるものではないから,裁判所は,上記支払基準によることなく,自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならないと解するのが相当である。

      しかるに,原審は,Aの損害額を7500万円,Aの過失割合を8割としながら,これらを前提とした過失相殺をせず,上記支払基準によれば上告人が2100万円の保険金を支払う義務があると判断して,被上告人の請求を一部認容したのであり,この判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。

      そして,以上説示したところによれば,上告人は,上記損害額から上記過失割合により過失相殺をした後の1500万円に相当する損害賠償額を既に支払済みであるから,これ以上保険金を支払う義務を負わない。

      そうすると,被上告人の請求は理由がなく棄却すべきものであって,第1審判決は結論において是認することができるから,上記部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。

      よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      (裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官白木 勇 裁判官 山浦善樹)

  • 人身傷害補償条項の被保険者である被害者に過失がある場合,保険金を支払った保険会社は,上記保険金の額と過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る額の範囲で損害賠償請求権を代位取得する

H24.05.29 最高(三小)判 事件番号 平22(受)2035

  • 判決
    • 主 文

      原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
      前項の部分につき,本件を広島高等裁判所に差し戻す。

      理 由

      上告代理人平松敏男ほかの上告受理申立て理由(第1を除く。)について

      1 本件は,交通事故の被害者との間で締結した自動車保険契約に基づき,上記被害者の相続人に対して保険金を支払った被上告人が,上記交通事故の加害者である上告人に対し,上記相続人の上告人に対する自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権を代位取得したとして,損害賠償金の支払を求める事案である。上記保険金は,上記保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害補償条項に基づいて支払われたものであるところ,被上告人が代位取得する上記損害賠償請求権の範囲が争われている。

      2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

      (1) Aは,平成18年5月12日午後11時30分頃,横断歩道の設けられていない道路を横断しようとした際,前方注視を怠って上記道路を進行してきた上告人が運転する普通貨物自動車に衝突されて,胸部外傷,頭部外傷,全身打撲の傷害を負い,同月13日,死亡した(以下,この事故を「本件事故」という。)。

      本件事故における過失割合は,Aが35%であり,上告人が65%である。

      (2) Aの妻及び3名の子ら(以下「Aの相続人ら」という。)は,Aの上告人に対する損害賠償請求権を相続により取得した。

      (3) Aは,本件事故当時,被上告人との間で,人身傷害補償条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約を締結しており,上記条項に係る被保険者であった。

      (4) 本件約款中の人身傷害補償条項には,要旨,次のような定めがあった。

      ア 被上告人は,日本国内において,自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により,被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者又はその父母,配偶者若しくは子が被る損害に対し,保険金を支払う。

      イ 被上告人は,被保険者の故意又は極めて重大な過失(事故の直接の原因となり得る過失であって,通常の不注意等では説明のできない行為(不作為を含む。)を伴うものをいう。)によって生じた損害に対しては,保険金を支払わない。

      ウ 被上告人の支払う保険金の額は,本件約款所定の基準により算定された金額の合計額(以下「人傷基準損害額」という。)から,自動車損害賠償保障法に基づく責任保険から支払われた金員等の既払額を控除した額とする。

      エ 保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には,被上告人は,その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,かつ,保険金請求権者の権利を害さない範囲内で,保険金請求権者がその他人に対して有する権利を取得する(以下「本件代位条項」という。)。

      (5) 被上告人は,平成19年11月27日,本件約款中の人身傷害補償条項に基づき,Aの相続人らに対し,保険金として,Aに係る人傷基準損害額から自動車損害賠償保障法に基づく責任保険から支払われた金員等の既払額を控除した金員を支払った。

      3 原審は,被上告人が代位取得するAの相続人らの上告人に対する損害賠償請求権の範囲につき,Aに係る人傷基準損害額に35%の過失相殺をした金員から上記の既払額等を控除した271万8206円と判断し,被上告人の請求をその限度で認容した。

      4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

      本件約款中の人身傷害補償条項の被保険者である被害者に交通事故の発生等につき過失がある場合において,上記条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った被上告人は,本件代位条項にいう「保険金請求権者の権利を害さない範囲」の額として,被害者について民法上認められるべき過失相殺前の損害額(以下「裁判基準損害額」という。)に相当する額が保険金請求権者に確保されるように,上記支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回るときに限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(最高裁平成21年(受)第1461号・第1462号同24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号登載予定参照)。

      そして,裁判基準損害額は,人傷基準損害額よりも多額であるのが通例であり,その場合は,被上告人が代位取得する上記損害賠償請求権の範囲は,原審の上記の認容額よりも少額となるから,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

      論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そこで,以上の見地に立って更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

      よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

      裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
      私は法廷意見に与するものであるが,本件約款に関し,以下のとおり補足意見を述べる。

      法廷意見のとおり,本件約款の下で保険会社が代位取得する損害賠償請求権の範囲を裁判基準損害額を基準として算定すべきであるとする場合には,裁判基準損害額は,人傷基準損害額よりも多額であるのが通例であるから,被害者に過失があるときは,被害者は人傷基準損害額よりも多額の塡補を受けることができることになる。

      ところが,本件約款上,支払われる保険金は,算定される人傷基準損害額から保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額等を差し引くこととされているから,本件約款による限り,過失のある被害者が加害者から既に過失相殺により差し引かれるべき金額以上の損害賠償金の支払を受けている場合には,被害者は人傷基準損害額の範囲でしか塡補を受けられないことになる。

      このように,同一の約款の下で,保険金の支払と加害者からの損害賠償金の支払との先後によって,被害者が受領できる金額が異なることは決して好ましいことではない。また,この点は,代位の範囲を人傷基準損害額を基準として算定すべきであるとの説の論拠とされていたものである。

      ところで,当審として,人身傷害補償条項に基づき保険金を支払った保険会社が代位取得する損害賠償請求権の範囲は,裁判基準損害額を基準として算定すべきであると解した以上,保険金の支払と加害者からの損害賠償金の支払との先後によって被害者が受領することができる金額が異ならないように,現行の保険約款についての見直しが速やかになされることを期待するものである。

      (裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官
      寺田逸郎)

  • 建設の事業を行う中小事業主が,その使用する労働者を個々の建設等の現場における事業にのみ従事させ,本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていないときは,当該営業等の事業について労働者災害補償保険の特別加入の承認を受けることはできない

H24.02.24 最高(ニ小)判 事件番号 平22(行ヒ)273

  • 判決
    • 主 文
      本件上告を棄却する。
      上告費用は上告人の負担とする。

      理 由
      上告代理人本田兆司,同桂秀次郎の上告受理申立て理由について

      1 本件は,建築工事の請負を業とする有限会社A(以下「A社」という。)の代表取締役であり労働者災害補償保険法(平成12年法律第124号による改正前のもの。以下「法」という。)27条1号所定の事業主(以下「中小事業主」という。)の代表者として法28条1項の承認に基づき労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)に特別加入していたBが,

      A社において受注を希望していた工事の予定地の下見に赴く途中で事故により死亡したことに関し,その妻である上告人が,Bの死亡は同項2号にいう「業務上死亡したとき」に当たるとして,法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,広島中央労働基準監督署長から,これらを支給しない旨の決定(以下「本件各処分」という。)を受けたため,その取消しを求めている事案である。

      2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

      (1) A社は,広島市内に本店を置き,建築工事の請負等を目的とする会社であり,主に橋梁工事の下請を行っていた。A社においては,代表取締役であったBのほか,Bの妻である上告人とBの長女が取締役を務め,上告人が経理事務を担当していた。A社には3名の従業員が在籍し,うち1名はレッカー車のオペレーター,他の2名はとび職であった。

      (2) A社は,平成5年4月1日,広島労働基準局長に対し,事業主をA社,特別加入予定者をB,業務の具体的内容を「建築工事施工8:00~17:00)」として,法28条1項に基づく労災保険の特別加入の申請をし,同月2日,同項の承認を受けた。

      (3) Bは,平成10年▲月▲日,広島県庄原市内において自動車を運転していた際,自動車ごと池に転落して溺死した(以下「本件事故」という。)。

      本件事故当時,Bは,A社において同市内の架橋工事等4件の工事の受注を希望し,代議士秘書などに対して元請業者に働きかけるよう依頼するなどしていたが,上記各工事は2,3年のうちに着工されるであろうということしか知らず,上記各工事の元請業者,契約時期,工事期間等の情報は把握していなかった。

      Bは,前日から泊まりがけで上記各工事の予定地の下見に赴き(以下,これを「本件下見行為」という。),その途中で本件事故が発生した。

      (4) 本件事故当時,A社の従業員は,いずれも現場作業にのみ従事し,営業,経営管理等の業務には携わっていなかった。

      現場の下見は,ほとんどBが1人で行っており,従業員も同行したことがあるが,それは現場の作業に携わる従業員も補助として下見に行った方が作業等の計画を立てやすいということによるものであった。

      (5) 上告人は,平成12年2月15日付けで,広島中央労働基準監督署長に対し,法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,同署長は,同13年2月8日付けで,本件事故当時のBの行動は特別加入者として承認された業務の内容の範囲とは認められないとの理由により,これらを支給しない旨の本件各処分をした。

      3 原審は,上記事実関係等の下において,本件下見行為はA社の営業活動の一環として行われたものであるところ,A社においては,このような下見行為は従業員の業務とされておらず,代表者であるBの業務とされており,

      本件下見行為を労働者が行う業務に準じたものということはできないから,本件下見行為中に発生した本件事故によるBの死亡は法28条1項2号にいう「業務上死亡したとき」に当たらず,本件各処分は適法であるとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。

      4(1) 法28条1項が定める中小事業主の特別加入の制度は,労働者に関し成立している労災保険の保険関係(以下「保険関係」という。)を前提として,当該保険関係上,中小事業主又はその代表者を労働者とみなすことにより,当該中小事業主又はその代表者に対する法の適用を可能とする制度である。

      そして,法3条1項,労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条によれば,保険関係は,労働者を使用する事業について成立するものであり,その成否は当該事業ごとに判断すべきものであるところ(最高裁平成7年(行ツ)第24号同9年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事181号25頁参照),同法4条の2第1項において,保険関係が成立した事業の事業主による政府への届出事項の中に「事業の行われる場所」が含まれており,

      また,労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則16条1項に基づき労災保険率の適用区分である同施行規則別表第1所定の事業の種類の細目を定める労災保険率適用事業細目表(昭和47年労働省告示第16号)において,同じ建設事業に附帯して行われる事業の中でも当該建設事業の現場内において行われる事業とそうでない事業とで適用される労災保険率の区別がされているものがあることなどに鑑みると,

      保険関係の成立する事業は,主として場所的な独立性を基準とし,当該一定の場所において一定の組織の下に相関連して行われる作業の一体を単位として区分されるものと解される。

      そうすると,土木,建築その他の工作物の建設,改造,保存,修理,変更,破壊若しくは解体又はその準備の事業(同施行規則6条2項1号。以下「建設の事業」という。)を行う事業主については,個々の建設等の現場における建築工事等の業務活動と本店等の事務所を拠点とする営業,経営管理その他の業務活動とがそれぞれ別個の事業であって,それぞれその業務の中に労働者を使用するものがあることを前提に,各別に保険関係が成立するものと解される。

      したがって,建設の事業を行う事業主が,その使用する労働者を個々の建設等の現場における事業にのみ従事させ,本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていないときは,上記営業等の事業につき保険関係の成立する余地はないから,

      上記営業等の事業について,当該事業主が法28条1項に基づく特別加入の承認を受けることはできず,上記営業等の事業に係る業務に起因する事業主又はその代表者の死亡等に関し,その遺族等が法に基づく保険給付を受けることはできないものというべきである。

      (2) 前記事実関係等によれば,A社は,建設の事業である建築工事の請負業を行っていた事業主であるが,その使用する労働者を,個々の建築の現場における事業にのみ従事させ,本店を拠点とする営業等の事業には全く従事させていなかったものといえる。

      そうすると,A社については,その請負に係る建築工事が関係する個々の建築の現場における事業につき保険関係が成立していたにとどまり,上記営業等の事業については保険関係が成立していなかったものといわざるを得ない。

      そのため,労災保険の特別加入の申請においても,A社は,個々の建築の現場における事業についてのみ保険関係が成立することを前提として,Bが行う業務の内容を当該事業に係る「建築工事施工(8:00~17:00)」とした上で特別加入の承認を受けたものとみるほかはない。

      したがって,Bの遺族である上告人は,上記営業等の事業に係る業務に起因するBの死亡に関し,法に基づく保険給付を受けることはできないものというべきところ,前記事実関係等によれば,本件下見行為は上記営業等の事業に係る業務として行われたものといわざるを得ず,

      本件下見行為中に発生した本件事故によるBの死亡は上記営業等の事業に係る業務に起因するものというべきであるから,上告人に遺族補償給付等を支給しない旨の本件各処分を適法とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

      よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      (裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

  • 労働者が使用者の安全配慮義務違反を理由に債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴訟追行を弁護士に委任した場合,相当額の範囲内の弁護士費用は上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである

H24.02.24 最高(ニ小)判 事件番号 平23(受)1039

  • 判決
    • 主 文
      1 原判決中,債務不履行に基づく損害賠償請求のうち,弁護士費用に関する部分につき,190万円及びこれに対する平成21年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を棄却した部分を破棄する。

      2 前項の破棄部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
      3 その余の本件上告を棄却する。
      4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

      理 由

      上告代理人中村武志,同岡田富美夫,同上野心太郎の上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について

      1 本件は,就労中に事故に遭って負傷した労働者である上告人が,使用者である被上告人の安全配慮義務違反によって上記事故が発生したと主張して,被上告人に対し,債務不履行等に基づく損害賠償を求める事案である。

      労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため,訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合に,その弁護士費用が上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害といえるか否かが争点となっている。

      なお,上告人は,上告人の請求を一部棄却した原判決に対し,弁護士費用として190万円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で不服申立てをするものである。

      2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

      (1) 被上告人は,屑類製鋼原料の売買等を目的とする株式会社である。上告人は,平成13年3月に被上告人に雇用され,平成18年4月24日頃から,チタン事業部に所属していた。

      (2) 上告人は,平成18年11月22日,チタン事業部の工場に設置されていた400tプレス機械(以下「本件プレス機」という。)を操作し,チタン材のプレス作業に従事していたところ,本件プレス機に両手を挟まれ,両手指挫滅創の傷害を負い,両手の親指を除く各4指を失うという事故に遭った。

      (3) 被上告人は,上告人の使用者として,労働契約上,本件プレス機に安全装置を設けて作業者の手がプレス板に挟まれる事故を確実に回避する措置を採るべき義務及び本件プレス機を使用する際の具体的な注意を上告人に与えるべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,その結果,(2)の事故が生じた(以下,上記の義務違反を「本件安全配慮義務違反」という。)。

      (4) 上告人は,訴訟追行を弁護士に委任した上,平成21年1月27日,本件訴えを提起した。上告人は,原審において,本件安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害の賠償として,5913万1878円(うち弁護士費用530万円)及び遅延損害金を請求していた。

      3 原審は,1876万5436円及び遅延損害金の限度で債務不履行に基づく損害賠償請求を認容したものの,弁護士費用の請求については,失当であると判断して,これを棄却した。

      4 しかしながら,弁護士費用の請求を棄却した原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

      労働者が,就労中の事故等につき,使用者に対し,その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,

      不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様,その労働者において,具体的事案に応じ,損害の発生及びその額のみならず,使用者の安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和54年(オ)第903号同56年2月16日第二小法廷判決・民集35巻1号56頁参照),労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。

      そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。

      したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,

      その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和41年(オ)第280号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。

      5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,債務不履行に基づく損害賠償請求のうち弁護士費用に関する部分につき,190万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を棄却した部分は,破棄を免れない。そして,弁護士費用の額について審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

      なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
      よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
      (裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

H24.02.20 最高(一小)判 事件番号 平21(受)1461

  • 判決
    • 裁判要旨
      1 人身傷害条項に基づき被害者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は,損害金元本に対する遅延損害金の支払請求権を代位取得することはない

      2 人身傷害条項の被保険者である被害者に過失がある場合,保険金を支払った保険会社は,上記保険金の額と過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る額の範囲で損害賠償請求権を代位取得する

      上記保険金を支払った訴外保険会社は,その支払時に,上記保険金に相当する額の保険金請求権者の加害者に対する損害金元本の支払請求権を代位取得するものであって,損害金元本に対する遅延損害金の支払請求権を代位取得するものではないというべきである。

      上記保険金を支払った訴外保険会社は,保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように,上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である。

      裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。

      本件約款の人身傷害条項は,自動車事故によって被保険者が死傷した場合に所定の基準により算定された損害の額に相当する保険金を支払うという傷害保険を定めるものである。

      同保険では,被保険者は迅速な損害aX補を受けることができるのであるから,判決による遅延損害金をもaX補している賠償責任条項とは異なって,損害金元本に対する遅延損害金をを填補していない。

      保険代位の対象となる権利は,保険による損害aX補の対象と対応する損害についての賠償請求権に限定されるのであるから(対応の原則),原審が本件保険金について民法491条を準用し損害金元本に対する本件事故日から本件保険金支払日までの遅延損害金に充当するとしたことは,相当でない。

      被害者に過失がある場合において,保険金を支払った保険者が代位取得する損害賠償請求権の範囲については,諸説がある。

      法廷意見は,人身傷害保険の趣旨・目的に照らすといわゆる裁判基準差額説と呼ばれている見解が合理的であるとするものであるが,本件約款の人身傷害条項においては損害や保険金を過失割合に応じて按分するという考えを採っていないこと,保険法25条1項が一部保険に関していわゆる差額説を採用したことにも相応すること,そして,そもそも平均的保険契約者の理解に沿うものと認められることから,支持できると思われる。

      本件約款の人身傷害条項は,賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額等がある場合は,保険金の額はそれらの合計額を差し引いた額とすると定めている。これを字義どおり解釈して適用すると,一般に人身傷害条項所定の基準は裁判基準を下回っているので,先に保険金を受領した場合と比較すると不利となることがある。

      そうした事態は明らかに不合理であるので,上記定めを限定解釈し,差し引くことができる金額は裁判基準損害額を確保するという「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものとすべきであると考えられる。

H24.02.13 最高(二小)判 事件番号 平22(あ)126

  • 判決
    • 【裁判要旨】
      1 医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた医師がその過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為と秘密漏示罪の成否

      2 医師が医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合の刑法134条1項の「人の秘密」の範囲

      3 刑法134条1項の罪の告訴権者

      本件のように,医師が,医師としての知識,経験に基づく,診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合には,その鑑定の実施は,医師がその業務として行うものといえるから,医師が当該鑑定を行う過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為は,医師がその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏示するものとして刑法134条1項の秘密漏示罪に該当すると解するのが相当である。

      このような場合,「人の秘密」には,鑑定対象者本人の秘密のほか,同鑑定を行う過程で知り得た鑑定対象者本人以外の者の秘密も含まれるというべきである。

      したがって,これらの秘密を漏示された者は刑訴法230条にいう「犯罪により害を被った者」に当たり,告訴権を有すると解される。

      裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

      私は,法廷意見との関係で,次の点を補足しておきたい。

      1 医師法17条にいう医業の内容となる医行為のうち,患者に対して診察・治療を行うという臨床としての職務(以下「基本的な医行為」という。)においては,医師は,患者等との間で信頼関係があり(緊急搬送された意識不明の患者との間でも,合理的な意思の推測により信頼関係の存在は認められよう。),それを基に患者の病状,肉体的・精神的な特徴等というプライバシー等の秘密や,治療等の関係で必要となる第三者の秘密に接することになり,基本的な医行為は,正にそのような秘密を知ることを前提として成り立つものである。

      刑法134条の秘密漏示罪の趣旨は,医師についていえば,医師が基本的な医行為を行う過程で常に患者等の秘密に接し,それを保管することになるという医師の業務に着目して,業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らすことを刑罰の対象としたものである。

      したがって,同条は,第一次的には,このような患者等の秘密を保護するため,第二次的(あるいは反射的)には,患者等が安心して医師に対し秘密を開示することができるようにし,医師の基本的な医行為が適正に行われるようにすることを企図し,いわば医師の業務自体を保護することも目的として制定されたものといえる。

      同条が,医師以外にも同じような業務の特徴を有する職業に就いている者を限定列挙しているのも,その趣旨である。

      2 ところで,医師が鑑定人に選任された場合についてみると,基本的な医行為とは異なり,常に上記のような信頼関係に立って鑑定対象者等のプライバシー等の秘密に接することになるわけではなく,更には,臨床医としての知識,経験に基づき,書面上の検討のみで鑑定人としての見解を述べるような場合(いわゆる書面鑑定の場合)もあり得るところであり,これも医師の業務ではある。

      しかし,このような場合には,対象者等との信頼関係が問題にならないこともあるが,鑑定資料を見ることにより対象者等のプライバシー等に接することはあり得よう。

      この点は,医師以外の,例えば行動心理学の専門家が鑑定人に選任された場合も同様であろう。

      ところが,この場合,鑑定人がたまたま医師であるときは,鑑定人の業務遂行中に知り得た他人の秘密を公にすれば刑罰の対象となるが,行動心理学の専門家であれば刑罰の対象にならないという状況が生ずることになり,その差異ないし不均衡をどう考えるかが気になるところである。

      3 この点については,医師の業務のうち,基本的な医行為ないしそれに類する行為を行う過程で知り得た秘密,すなわち患者等との信頼関係に基づき知り得た秘密のみが,刑法134条にいう「秘密」に当たると解し,

      上記の書面鑑定の場合や,基本的な医行為とはいえない業務,例えば伝染病の予防等の観点から死体を解剖したデータに基づく診断書の作成の過程で知り得た秘密等はこれに当たらないとする解釈が考えられる。

      この解釈は,同条の立法趣旨を徹底するものであり,他の例でいえば,ある弁護士が,本来の業務である弁護活動とは別に弁護士であるがゆえに所属弁護士会の重要な会務を行うことになり,その過程で知り得た他人の秘密については,弁護士と依頼者との間の信頼関係に基づき知り得たものではないので,ここでいう「秘密」に当たらず,それを漏らしたとしても刑罰の対象にはならないとするのは,それが弁護士の業務に当たらないとする理由もあるが,上記信頼関係とは関係のない場面で知り得た秘密であることも,実質的な理由ではないかと考える。

      4 もっとも,このような考えは,刑法134条所定の「秘密」を,立法趣旨に従って目的論的に限定解釈するものであるが,文理上の手掛かりはなく,解釈論としては無理であろう。

      そうすると,この問題は次のように考えるべきではないだろうか。
      医師は,基本的な医行為が業務の中核であり,その業務は,常に患者等が医師を信頼して進んで自らの秘密を明らかにすることによって成り立つものである。

      医師は,そのような信頼がされるべき存在であるが,医師の業務の中で基本的な医行為とそれ以外の医師の業務とは,必ずしも截然と分けられるものではない。

      例えば,本件においても,被告人は,鑑定人として一件記録の検討を行うほか,少年及び両親との面接,少年の心理検査・身体検査,少年の精神状態についての診断を行い,少年の更生のための措置についての意見を述べることが想定されているところであり,この一連の作業は,少年に対する診察と治療といった基本的な医行為と極めて類似したものである。

      刑法134条は,基本的にはこのような人の秘密に接する業務を行う主体である医師に着目して,秘密漏示行為を構成要件にしたものであり,その根底には,医師の身分を有する者に対し,信頼に値する高い倫理を要求される存在であるという観念を基に,保護されるべき秘密(それは患者の秘密に限らない。)を漏らすような倫理的に非難されるべき行為については,刑罰をもって禁止したものと解すべきであろう。

      医師の職業倫理についての古典的・基本的な資料ともいうべき「ヒポクラテスの誓い」の中に,「医療行為との関係があるなしに拘わらず,人の生活について見聞したもののうち,外部に言いふらすべきでないものについては,秘密にすべきものと認め,私は沈黙を守る。」というくだりがある。

      そこには,患者の秘密に限定せず,およそ人の秘密を漏らすような反倫理的な行為は,医師として慎むべきであるという崇高な考えが現れているが,刑法134条も,正にこのような見解を基礎にするものであると考える。

      5 いずれにしろ,被告人が鑑定という医師の業務に属する行為の過程で知り得た秘密を漏示した本件行為は,鑑定人としてのモラルに反することは勿論,刑法134条の構成要件にも該当するものというべきである。

  • 1 刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの)208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいい,アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たる
  • 2 飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で自動車を運転中,先行車両に追突し,死傷の結果を生じさせた事案につき,被告人はアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったとして,危険運転致死傷罪が成立するとされた事例

H23.10.31 最高(三小)判 事件番号 平21(あ)1060

  • 判決
    • 刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいうと解されるが,アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態も,これに当た
      るというべきである。

      そして,前記検討したところによれば,本件は,飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で普通乗用自動車を運転中,先行車両の直近に至るまでこれに気付かず追突し,その衝撃により同車両を橋の上から海中に転落・水没させ,死傷の結果を発生させた事案であるところ,

      追突の原因は,被告人が被害車両に気付くまでの約8秒間終始前方を見ていなかったか又はその間前方を見てもこれを認識できない状態にあったかのいずれかであり,

      いずれであってもアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったと認められ,かつ,被告人にそのことの認識があったことも認められるのであるから,

      被告人は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させ,よって人を死傷させたものというべきである

      「裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
      第1 本件事故当時,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったか否かについて

      刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」(以下「正常運転困難状態」という。)とは,多数意見が述べる「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいうと解される」ことについては,私も異論はない。

      問題は,被告人が本件事故当時正常運転困難状態にあったことを,如何なる事実によって認定するかという点である。一般的には,事故に至る迄の被告人の飲酒量,酩酊の程度を窺わせる言動の有無,事故に至る迄の運転状況,事故態様,事故後の被告人の態様や言動,飲酒検知の結果等の諸般の事情を総合して認定することになる。

      「正常運転困難状態」とは,客観的な事実状態であるから,原則として,被告人の事故に至る迄の運転状況,事故態様,事故前後における態様及び言動,飲酒検知の結果等,事故時の運転状況を推認し得るに足る諸事情から認定すべきであって,

      刑法208条の2の規定が制定された際に学者が警鐘を鳴らしているように,死傷の結果と飲酒検知の結果のみから,正常運転困難状態にあったと認定することは許されないのである。

  • 大阪府警察の警察官が,職務の執行として普通自動二輪車を運転して不審車両を追跡中に反対車線を逆走し,対向して来た普通自動二輪車と正面衝突してその運転者を死亡させた交通事故について,被害者の遺族からの大阪府に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が一部認容され,警察官個人に対する民法709条に基づく損害賠償請求は棄却された事例。

H23.07.25 大阪地判 事件番号 平21(ワ)9065

  • 判決
    • 公権力の行使に当たる国の公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって,公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最高裁判所昭和53年10月20日第2小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照)。

      このことは,地方公共団体の公務員についても同様に解される。よって,本件事故により亡D及び原告らに生じた損害については,被告大阪府が賠償責任を負い,被告Eは賠償責任を負わないものと解される。

  • 精神神経科の医師の患者に対する言動と上記患者が上記言動に接した後にPTSD(外傷後ストレス障害)と診断された症状との間に相当因果関係があるということはできないとされた事例

H23.04.26 最高(三小)判 事件番号 平21(受)733

  • 判決
    • 前記事実関係等によれば,A医師の本件言動は,その発言の中にやや適切を欠く点があることは否定できないとしても,診療受付時刻を過ぎて本件面接を行うことになった当初の目的を超えて,自らの病状についての訴えや質問を繰り返す被上告人に応対する過程での言動であることを考慮すると,

      これをもって,直ちに精神神経科を受診する患者に対応する医師としての注意義務に反する行為であると評価するについては疑問を入れる余地がある上,これが被上告人の生命身体に危害が及ぶことを想起させるような内容のものではないことは明らかであって,

      前記のPTSDの診断基準に照らすならば,それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるとみる余地はない。

      そして,A医師の本件言動は,被上告人がPTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であると主張する本件ストーカー等の被害と類似し,又はこれを想起させるものであるとみることもできないし,

      また,PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は,これとは類似せず,また,これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではない。

      なお,C医師は,平成16年2月10日の初診時に,被上告人がPTSDを発症していると診断しているが,この時の被上告人の訴えは平成15年1月にb 市立病院の精神科で診察を受けた時以来の訴えと多くの部分が共通する上,上記初診時の診療録には,A医師の本件言動を問題にする発言は記載されていない。

      以上を総合すると,A医師の本件言動と被上告人に本件症状が生じたこととの間に相当因果関係があるということができないことは明らかである。

      被上告人の診療に当たっているC医師が,A医師の本件言動が再外傷体験となり,被上告人がPTSDを発症した旨の診断をしていることは,この判断を左右するものではない。

  • 適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする整形外科医の不法行為責任の有無を検討する余地がないとされた事例

H23.02.25 最高(三小)判 事件番号 平21(受)65

  • 判決
    • 前記事実関係によれば,被上告人は,本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に,

      上告人Y2に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの,上記ボルトの抜釘後は,本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日に上告人病院に赴き,上告人Y2の診察を受けるまで,左足の腫れを訴えることはなく,

      その後も,平成12年2月以後及び平成13年1月4日に上告人病院で診察を受けた際,上告人Y2に,左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっている。

      これに対し,上告人Y2は,上記の各診察時において,レントゲン検査等を行い,皮膚科での受診を勧めるなどしており,上記各診察の当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもない。

      そうすると,上告人Y2が,被上告人の左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず,専門医に紹介するなどしなかったとしても,上告人Y2の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないことは明らかである。

      患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。

      したがって,上告人らについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく,上告人らは,被上告人に対し,不法行為責任を負わないというべきである。

  • 内頸動脈の未破裂脳動脈瘤に対する開頭脳動脈瘤クリッピング術を受けた患者が,内頸動脈の狭窄又は閉塞を原因とする右中大動脈領域の広範な脳梗塞を発症し,左上下肢麻痺・高次脳機能障害が残ったことについて,被告病院の医師には,内頸動脈の血流確認を怠った過失があるとされた事例

H23.02.18 名古屋地判 事件番号 平20(ワ)6331

  • 判決
    • 医師は,患者の疾患の治療のために手術その他一定の合併症が発生するおそれがある医療行為を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,

      • 当該疾患の診断,
      • 実施予定の手術の内容,
      • 手術に付随する危険性,
      • 他に選択可能な治療法があれば,その内容と利害得失,
      • 予後

      などについて説明すべき義務がある。

      その場合において,医療水準として確立した療法や術式が複数存在する場合には,医師は,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるような仕方で,それぞれの療法や術式の違い,利害得失を分かりやすく説明することが求められる。

  • 腹痛により被告病院に救急車で搬送された患者が,二日後に消化管穿孔による穿孔性腹膜炎により死亡したことについて,被告病院医師らに,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて,腹腔内遊離ガスの有無の確認のため,腹部CT撮影を行うべき義務を怠った過失が認められるとされた事例

H23.01.14 名古屋地判 事件番号 平21(ワ)5667

  • 判決
    • 以上認められるAの臨床症状等によれば,問診による疼痛の状況の聴取は不能であって,強い疼痛が発生している可能性は否定できず,嘔吐している疑い及び腹部が緊張している疑いもあるといえる。

      そうすると,被告病院医師は,当初の救急外来診察時点において,Aが腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患している可能性が否定できないことを認識できたというべきであるから,

      この時点で消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性をも念頭において,鑑別を進める必要があったところ,Aの場合には,体勢を保持できないため仰臥位正面像のみの撮影であるから,それだけから腹腔内遊離ガスがないと判断することはできない。

      そうだとすると,Aについて,当初の救急外来診察で行った診察や検査結果のみでは,腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患していた可能性を排除できていないので,

      被告病院医師としては,当初の外来診察が終了するまでの間に(原告らが救急外来を再受診し,救急外来に留まることを選択した時点ではない),急性腹症の診断に有用である腹部CT検査をすべき注意義務があったといわざるをえない。

      なお,左側臥位正面像については,左側臥位の姿勢を10分以上保持してから撮影を行う必要があり,当時のAの状態からすれば,左側臥位正面の撮影を行うための姿勢保持がとれなかったことが推認されるから,被告病院医師が左側臥位正面像を撮影しなかったことは注意義務違反となるものではない。


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